キャリア

【実体験】辛ければ辞めてもいいと思うんです。

みなさんこんにちは。

私は現在、人材業界でキャリアアドバイスを行う傍ら、

個人で新卒学生向けにエントリーシートの添削や自己分析の指導などをしています。

月に約40~50名の方と面談しており、18歳~50歳まで幅広い年齢層の方々とお話させていただいております。

キャリア面談をしているとパワハラや人間関係に悩まれ、

疲弊されている方とお会いすることがあります。

最初に結論から申し上げると、

取り返しがつかなくなる前に逃げてください。

これはアドバイスではなくおねがいです。

というのも実は私にはうつ病での休職経験・転職経験があります。

仕事で辛い思いをしながら歯を食いしばって頑張っていらっしゃる方々の気持ちが痛いほどにわかります。

今回は少し長文になりますが、「嫌なら辞めてもいいんだよ。」をテーマに

私の新卒時代のお話を聞いて頂ければと思います。

もう数年前の話ですが、平成の終わりがけにも関わらず

こんなことがあったんだな~くらいに思っていただければ。

夢を叶えて憧れの会社へ

新卒で私は学生時代からずっと憧れていた大手旅行会社に入社しました。

文系の人気就職ランキングでは常に上位にある有名企業で、

私はこの会社に大学2年の頃から入社したいと思っていました。

それはそれは血の滲むような努力をし、内定を勝ち取ったときは心の底から嬉しかった!

夢を叶えることが出来た私は、本当にワクワクしており、

一流の方々と一流の仕事をするのだと息巻いていました。

「会社としてこれから最注力する最前線の部署で頑張りたい。」

という願いが叶い、希望通りの配属先となりました。

そして赴任した職場が根深いパワハラ文化のある部署でした。

※会社の名誉のために言っておくと、今でも好きな会社です。

たまたま私がいた職場、直属の上司がパワハラ気質な方というだけでした。

 最悪の職場だった

赴任した日から社内は常に罵声が飛び交い、

「こんなことも出来ないのか」「お前は無能すぎて何の価値もない」

常に人間性を否定される言動を浴びせられ続けました。

社内の雰囲気は最悪を極めており、

何かミスをした社員がいると全員の前で怒鳴り散らされ、

机を蹴られていました。(たまにゴミ箱も飛んできます)

飲み会もほぼ毎日夜中まで続き、その間、お酒はほぼ飲ませてもらえません。

新人は夜中まで立ちっぱなし上司のお酌や注文を行います。

お酌のタイミングを間違えると蹴られる、殴られる が当たり前でした。

男のくせに恥ずかしい話なのですが、

最初の1年くらいはほぼ毎日、トイレの個室に泣きに行っていましたね。

それでも仕事に誇りを持っていた

最終的に約2年半、私は法人営業担当として、

多くの社長様を担当させて頂くこととなります。詳細は割愛しますが、

お客様には叱られながらも可愛がっていただき、成長出来た自負もあります。

本当にやりがいをもって働いていました。

その頃、我々新卒は毎日手あたり次第に飛び込み営業をしており、

ローラー作戦(世間ではビル倒しというらしいです)と言って、

ビルの最上階から1階まで全件訪問し、新規営業を掛けるという

この世で最もコスパ悪い説のある営業をしていました。

(当時の市況感とマーケット特性上、100件回って1アポくらいの打率でした)

これは新卒総合職の登竜門であり、度胸を付けるという意味合いがあったようです。

当時は本当にしんどかったですが、今となってはその経験があったからこそ、

1件のアポイントに対して高いコミット意識を持つことが出来ていると思いますので

そういった意味では感謝しています。

そんな私ですが、入社して3か月目、人生初の新規案件を獲得しました。

まだ試用期間中で、超大型案件だったためそこそこ快挙でした。

先輩方が10~15名の案件を扱っているのに対し、

私が初めて獲得した案件はその10倍、150名の規模のものでした。

これにはさすがの支社長・営業課長も大喜びで、一躍ヒーローになりました。

ですが、その日を境に直属のリーダー達からの当たりが強くなっていきます。

私を守ってくれた先輩の存在

話は変わりますが、私には年が1つ上のMという先輩がいました。

その方は、正直なところあまり仕事ができるタイプではありませんが、

野球部出身で明るく笑顔が素敵な男気溢れる方でした。

ミスは多いもののお客様からも可愛がられ、本当に素敵な方です。

Mさんはいつも私を陰で守ってくれていました。

「彼(私のこと)のミスはすべて僕に言ってください。
僕がしっかりと彼の指導をしますから、直接皆の前で叱らないでください」

上司にそんなお願いして、いつも後輩の盾となってくれていたことを、

私はMさんが異動(不当な人事異動でした)になってから知りました。

Mさんには心の拠り所となる1つ上の先輩がいましたが、

その方がうつ病で休職されてから、Mさんは毎日辛そうにされていました。

日に日に表情が暗くなっていき、心ここに在らず。といった感じでした。

今になって思いますが、恐らく引き継ぎで多忙を極めるだけでなく、

叱られる一番の標的になったのでしょう。

精神的に相当追い詰められていたと思います。

そして次第に大きなミスが多くなっていき、相次ぐクレームにより炎上。

Mさんは異動となり、その火消しは私の仕事となりました。

Mさんが異動する前日、深夜のバーで「お前は優秀だ、絶対に負けるなよ」と

言ってくださったときの表情を、私は一生忘れないと思います。

次の日、出勤すると私のメールボックスにMさんの名刺が一枚入っていました。

裏には一言、「頼りない先輩でごめんな。」と書かれていました。

あんなに自分の無力さを恥じた日はありません。

先輩が異動になった翌月、私は社会人2年目になりました。

リーダーを補佐する役割としてM先輩のポジションを引き継ぎました。

 私も日に日に弱っていきました

2年目の夏、私の案件数は完全にキャパシティを超えていました。

自分が獲得した案件のほかにM先輩から引き継いだ案件、

そして上司の手の回らない案件も引き継ぎ、

【朝から晩まで仕事】→【上司の飲み会】→【深夜3時まで企画作成】

という日々を過ごしていました。

その間も当然、職場でのパワハラは毎日受け続ける。

そんな生活を半年ほど続けた結果、

私はうつ病と診断され、約4か月間休職することとなります。

休む直前の記憶はほぼありません。

気が付いた時、私は近所の心療内科にいました。

手元にはなぜか診断書があり、そこには「うつ病」と書かれていました。

「これなんだっけ。」

「そうだこれ、上司に渡さないといけないんだ・・・」

と思ったことは覚えています。

仕事を休むつもりは一切なく、ただ上司には伝える必要があると考え、

相談ベースで上司に見せたら、

「・・・帰れ。」と言われました。

そこからの記憶はありません。

次に気付いた時には自宅から遠く離れた実家にいました。

最初に頭に過ったのは懇意にしていた社長様・先生方の顔でした。

抗うつ剤を睡眠剤の服用を始めてから、

どんどん身体が弱っていきました。

吐き気と眩暈が酷く、急に立てなくなったり、

ブラックアウトすることもしばしばありました。

人生終わったな。と思うこともありましたし、

家族の理解も得られなかったことから、

実の親から罵声を浴びせられることもありました。

このあたりのことは、またいつかのタイミングで詳細に語るかもしれません。

それでも職場に復帰しました

そんなときに後輩から

「先輩(私)のお客様なんですけど、担当変更をしたら、
担当を変えるなら取引をやめると言われたんです。」

と連絡が来ました。

ご迷惑をお掛けして、もう二度と顔向け出来ないと思っていたけれど、

自分のことを待っていてくれる方がいることを知りました。

その時初めて、「もう一度働きたい。」と強く願いました。

そしてその一月後、産業医面談を経て、元の職場に復帰しました。

お客様へ謝罪アポでは

「遅いよ、待ちくたびれたよ。」
「他社の提案、全部断ったから、今すぐ面白いの持ってきてよ」

そんなありがたい言葉を頂きました。

もちろん、出入り禁止になってしまった企業もあります。

その節は大変ご迷惑をお掛けしました。

そして退職へ

復帰後は順調に仕事を回していきました。

海外案件も多くなり、より大きな仕事が出来るようになり、

プライベートでは彼女も出来ました。

ですが、一度壊れてしまうと臆病になってしまいます。

「本当にこの環境で一生働いていくのか・・・?」
「また同じように病気になってしまったらどうしよう・・・」

その疑問が頭から離れませんでした。

そんな中、決定的な事件が起きます。職場の宴会の時でした。

上司から脱いて踊るか、一発芸を強要され、断ったところ

非難されたのち、無理やり脱がされました。

ここまではよかったんです。(こんなことは日常茶飯事でした)

ただ、その日は

私のシャツを居酒屋の店員さんが運んできたビールジョッキの中に押し込まれたのです。

当然、シャツはビールに浸っています。

周囲はなぜか大爆笑していました。

その瞬間、私の中で何かの糸が切れた気がしました。

それから程なくして、私は会社に退職届を提出しました。

手遅れになる前に、逃げてください。

私は周囲が羨む憧れの会社に新卒で入社し、

仕事に誇りを持ちたかった。

尊敬する先輩たちと一流の仕事がしたかった。

でも、それは叶いませんでした。

それどころか、心身を病み、身体は痩せ、

大好きだったお酒も今では昔ほど飲めません。

当時のあまりの激務から「寝てはいけない」と脳にインプットされているようで、

眠くなると身体が反射的に頭を振ってしまい起きてしまうといった後遺症が残っています。

私と同じような状態になる前に、逃げてください。

辞めてもいいんです。自分の身は自分で守るしかないんです。

逆に、私と同じように辛い経験をされた方、

絶対に諦めないでください。

私は転職することが出来ました。

私は、私と同じように辛い思いをされた方を救いたいと考え、

現在、人材業界で働いています。

私が記事を書くことで誰か一人でも救えたらそんなにうれしいことはありません。